障害者歯科を知る

「障害者歯科」とは何か?

障害者歯科という言葉を初めて聞いた方、あるいは障害者歯科のことをもっと知りたい方のために、当記事では「障害者歯科がどんな人たちを対象とする歯科診療なのか」「障害の種類や程度によって実際にどのような診療が行われているのか」「地域ごとにどういった歯科医療の連携体制が整備されているのか」等についてご紹介したいと思います。

障害者歯科の基本情報

障害者歯科とは、以下のような方を対象とした歯科診療のことを言います。

  • 知的障害や自閉症スペクトラム症などの発達障害の児(者)
  • 脳性麻痺や脳血管障害後遺症などの神経・運動障害の児(者)
  • 視覚障害や聴覚障害などの感覚障害の児(者)
  • 鼻咽腔閉鎖機能不全症などの音声言語障害の児(者)
  • うつ病や統合失調症、認知症などの精神疾患患者
  • てんかんや循環器疾患などの内科的疾患があり歯科診療に特別な対応が必要な患者
  • 要介護高齢者
  • 食事が上手に食べられない方、むせや誤嚥のある方(摂食・嚥下障害患者)
  • 治療器具が口に入ると嘔吐反射を起こしてしまう患者
  • 極度の歯科治療恐怖症患者

障害者歯科は、このような疾患を抱えている乳幼児から高齢者までの多くの方を対象とし、障害者の歯科医療全般における広い分野を担当しています。

こうした歯科医療に特別な配慮(スペシャルニーズ)が必要な方には、通常の歯科診療の方法では対応できないことがあるため、障害の種類や程度によっては、専門的な知識や技術、設備が必要な場合があり、高次医療機関での診察が必要なことがあります。

※当サイト(障害者歯科ネット)は、障害者歯科診療を必要とする方々、その方々を支える方のサポートができればという想いから設立されました。
>>[関連] 障害者歯科ネットとは?

障害者歯科の診療内容

今日の障害者歯科診療は、障害者歯科センターや地域口腔保健センターをはじめ、個人歯科診療所、病院歯科、大学附属病院などで行われています。

障害者歯科は、個々の障害を理解し、障害者本人や保護者・介護者の方たちとの十分な相互理解のもとに以下のような診療を行います。

  • 知的障害発達障害がある方には、診察室、スタッフ、治療器具に慣れてもらいながら治療をすすめます。
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  • 自閉症スペクトラム症の方などには、治療の順番を伝える絵カードや視覚支援カードなどを利用することもあります。
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  • 脳性麻痺などで治療中の姿勢を保つことが困難な方には、クッションなどを利用したり、安全のために、身体が不意に動き出さないようなコントロールを行ったりします。
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  • 診療拒否などのために治療に協力が得られなかったり、重度嘔吐反射歯科治療恐怖症の方には、点滴注射や鎮静薬などを利用して、リラックスさせた状態で治療を行ったり、全身麻酔を利用し、痛みを感じさせずに、集中的に治療したりします。
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  • 摂食・嚥下障害の方には、食事の時の姿勢や食べ方、食べ物や飲み物の形態についての指導や助言を行います。
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  • 高齢者認知症があり通院が困難な方には、ご自宅や施設へうかがい、訪問歯科診療を行います。
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また、近年、循環器疾患や呼吸器疾患など多くの疾病が、口腔内の衛生状況と密接に関係があると報告されています。(例:糖尿病、誤嚥性肺炎)

そのため、病院や施設だけでなく、在宅においても個々の障害の状態に応じた口腔ケアの指導などを行っています。

障害者の定義

障害者の定義は、いくつかの関連法規中で述べられています。その中でも「障害者基本法」は障害者の法律や制度について基本的な考え方を示しています。

「障害者基本法(平成25年改正、平成28年4月1日施行)」の中で、障害者は以下のように定義づけられています。

第二条(定義)
① 障害者とは、身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む)その他の心身の機能の障害がある者で、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう。
② 社会的障壁とは障害者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものをいう。

同法律では、医療・介護等における国や地方公共団体の債務(第十四条)についても述べています。

この障害者基本法に基づいて、内閣府は平成6年より毎年、障害者のために講じた施策の概況に関する報告書である「障害者白書」を作成しています。

>>[参考] 障害者白書(内閣府)

平成30年版障害者白書によると、身体障害、知的障害、精神障害の3区分について、各区分における障害者数の概数は「身体障害児・者:436万人」「知的障害児・者:108万2千人」「精神障害者:392万4千人」と報告されています。

複数の障害を併せ持つ方もいるため、単純な合計にはなりませんが、国民のおよそ7-8%が何らかの障害を有していることになります。

このような方たちの口腔内に潜在する問題点や、歯科保健の問題点を見つけ出し、個々の状態に合わせて解決することが「障害者歯科」の中核といえます。

地域の障害者歯科医療

障害者歯科が対象とする患者は、障害の種類や程度によって多岐にわたります。そのため、それぞれに適した全身管理方法や行動調整法、治療内容の選択が必要です。

それらの困難性に合わせて、各地域で一次医療機関から高次医療機関での歯科医療提供体制が整備されています。

本邦では、地域の歯科医師会が各地方自治体と連携し、補助を得て、都道府県あるいは市町村の単位で、口腔保健センターや障害者歯科センターなどの専門的な医療機関(二次医療機関)を運営する方式が普及しています。

また、歯科医師会員の中から障害者歯科診療に協力できる医療機関を募り、個人歯科診療所のかかりつけ歯科医(一次医療機関)を配置している地域もあります。

障害者歯科診療は、個人診療所で対応できる内容から、障害者歯科センターなど専門家チームでの対応が必要な診療、専門病院や大学病院でなければ対応できない内容まで多岐にわたります。

そうしたことから、各医療機関の機能に合わせて、以下のような役割分担があります。

医療機関対象と内容
一次医療機関個人診療所(かかりつけ歯科医院)
  • 定期健診や歯科相談、プライマリーケアを中心とした診療が中心
  • 軽度の障害や医学的リスクが低い患者に対する診療が多い
  • 高次医療機関へ紹介をする
  • 在宅・施設入所者への訪問診療を行う
二次医療機関口腔保健センター、障害者歯科センター、施設内の歯科
  • 一次医療機関からの紹介患者や中等度障害者に対する診療が中心
  • 行動調整や医学的管理が比較的困難な患者の診療が多い
  • 三次医療機関へ紹介・一次医療機関へ逆紹介*をする
  • 離島やへき地への巡回診療も行う
三次医療機関総合病院歯科、大学附属病院
  • 一次・二次医療機関からの紹介患者や重度障害者の診療が中心
  • 行動調整や医学的管理が極めて困難な患者の診療が多い
  • 入院が必要な治療内容を行う
  • 一次・二次医療機関へ逆紹介(※)を行う

※「三次医療機関から一次・二次医療機関への逆紹介について」
障害の種類や程度(または、診察・治療内容)によっては、低次医療機関(一次・二次医療機関)で行える内容もございます。そのため、高次医療機関でなければできない治療が終了した場合には一次・二次医療機関へ逆紹介を行うこともあります。

すこしずつではありますが、全国でこのような障害者歯科医療体制が整えられてきています。そうは言っても、地域格差があるのが実情です。障害者歯科医療体制における地域格差の解消は今後の課題と言えます。

日本障害者歯科学会の取り組み

本邦では、障害者のQOL(生命の質、生活の質)の向上に貢献できる歯科医療を提供し、障害者の口腔の健康の維持と向上に寄与するべく、昭和48年に「日本障害者歯科学会」が設立されました。当学会は歯科医師をはじめ、障害者歯科にかかわる医療従事者などで構成されています。

>>[参考]日本障害者歯科学会(学会紹介ページ)

また、当学会では、障害者歯科医療の質の担保と専門性の向上,次世代を担う人材の育成を行うべく認定医制度認定歯科衛生士制度を設けています。日本障害者歯科学会認定医が開設または勤務している歯科医院、病院、口腔保健(歯科)センターなどは以下のページより確認できます。

>>[参考]日本障害者歯科学会(認定医のいる施設ページ)

医療機関ごとに環境や設備はもちろん異なります。そのため、障害者歯科の特殊性と対象となる患者の状況などから診察できないこともあります。受診する際には、事前に電話による問い合わせをしましょう。

[筆者]
歯科医師|黒田英孝(サイト監修者)
・日本歯科麻酔学会 認定医・専門医
・日本障害者歯科学会 認定医
・日本口腔顔面疼痛学会
・歯科基礎医学会
※プロフィールページ:https://shougaisha-shika.com/doctor-profile

※当記事に関するご質問等は「障害者歯科ネットのお問い合わせページ」よりお問い合わせください。

ABOUT ME
執筆歯科医師|黒田英孝
神奈川歯科大学附属病院 麻酔科 講師、ホワイト歯科クリニック(群馬県高崎市)非常勤医として、障害を持つ方々の歯科医療に従事しています。静脈内鎮静法や全身麻酔を応用し、安全な歯科医療を提供しています。※参考リンク:神奈川歯科大学附属病院ホワイト歯科クリニック