歯科コラム・体験談

歯科衛生士と考える!最期まで自分の口から食べることの喜び

歯科医院には赤ちゃんから高齢者まで様々な年代の患者さんが来院されます。歯が生えてきていろんなものが食べられるようになった子供たち。反対に、むし歯や歯周病で歯を失い噛めなくなった大人たち。

環境が変わったり、病気を患ったり…私たちにはいろんな変化が起こりますが、それと同時にお口の中も変化します。

人は毎日お口を使い、食べて、飲んで、会話して、笑います。歯科医院では患者さんと長いお付き合いになることが多いので、お口の中を診るだけでなく、人生そのものを診ていると、歯科衛生士として私は思っています。

歯科の患者さんや母の統合失調症を通して感じたこと

私の母は統合失調症を患っています。母の場合、様子がおかしいなと感じる前兆の一つに、「食べなくなる」ことがあります。人の三大欲求のうちの一つを失うのです。

母の調子が良いときといえば、元々食べることが好きなこともあって、あのお店の○○が美味しい!などとテレビなどからよく情報収集をしていました。そして、私にお店に連れて行くように頼んできては、一緒に食事に出かけたものです。

しかし、調子が悪くなり食べなくなると、体重は急激に減り、見た目も大きく変わり、エネルギーというか、人の“気”のようなものが失われていきました。全くの別人になってしまったかのような状態です。もうこのような状態を何年も繰り返してきました。

私は、患者さんや母を通して、「食べることは生きること」ということを身近に感じてきました。

口から食べるというあたりまえで複雑なこと

普段私たちがあたりまえに行っている「食べる」という行為。お口の中ではとても複雑なことが起こっています。

実際に、お口に何か食べ物を入れてひとつひとつの工程を確認してみてください。

① 食べ物を口に入れ、様々な情報を感知する
・口で食べ物をとらえて、口の中に入れます。
・そこで、甘い、熱い、堅い…などの様々な情報を感じ取り、脳に情報を送ります。

② 食べ物の状態を判断し、咀嚼の準備をする
・食べ物の物性から処理方法を判断します。
(例)噛まないといけない場合
⇒舌が食べ物を奥歯の上にのせます。

③ 食べ物をかみ砕く
(例)噛む場合
⇒舌や唇、頬、顎などを動かしながら上下の奥歯で噛む。飲み込みやすい大きさになるまでかみ砕く。
(例)プリンなど柔らかい食べ物の場合
⇒舌を上あごにあてて押しつぶす。

④ 飲み込む準備をする
・十分に咀嚼したら、食べ物を舌の上にまとめて飲み込む準備をします。

⑤ 舌を使って食べ物を飲みこむ
・舌を使って喉に送り込みます。
・喉を強い力でしぼりこみ、食道へ送り込みます。

これらの動きの中心は舌です。舌がしっかり働くからこそ、私たちは食べ物を噛み、飲み込むことができます。美味しく食べられるのは、舌の働きがあってこそなのです。

[出典] あなたの老いは舌から始まる(NHK出版, 2018)

年をとってもお口周りや舌の筋力は鍛えられる

年齢とともに身体の機能が衰えたりすることは、誰にでも起こる自然なことです。これは、舌やお口周りの筋肉でも同じです。また、筋肉を動かすことで鍛えたり、維持できたりするのも身体と同じです。

精神疾患を患ったために、食べることをしなくなったり、会話や笑うということを避けたりするようになると、舌やお口の周りの筋力が低下していきます。

何かショックな出来事があった時に、心が病んで、食事が喉を通らないという経験が、皆さんも一度はあるのではないのでしょうか。

一時的なものならいいですが、病気などが原因で長く続いた場合には、表情が乏しくなったり、お口の機能の低下につながったりしていく可能性は大いにあると考えられます。

普段からよく食べ、よくしゃべり、よく笑い、舌やお口の周りの筋肉を使い、健康でいたいものです。

お口の機能を高める簡単な方法

お口の機能を高める方法として「あいうべ体操」「パタカラ体操」など、様々なものがたくさんあります。ご存じの方も多いのではないでしょうか。

ここでは、皆さんなじみのある「ぶくぶくうがい」をご紹介したいと思います。口腔ケアとしてのうがいは、お口の汚れを取り除き、保湿にもなります。

① 少量のお水をお口に含む。
② 右側の頬にお水をためてぶくぶくと動かす。
③ 左側の頬にお水をためてぶくぶくと動かす。
④ 全体でぶくぶくと動かして、お水を吐き出す。

これだけです。お水だとむせてしまうのが心配なら、空気をお口に溜めて行います。

ぶくぶくが難しいのであれば、お口にお水を含んで口を閉じるだけでも構いません。唇周りの筋力が低下していると、お口にお水を溜めておくことすら難しくなりますので、お水をお口で保持しておくことも、筋力アップにつながります。

まとめ

人が生きていくのに「食べる」ということが大事だということは、よく知られています。ですが、お口の機能がそれに大きな影響を与えていることを考えたことがあったでしょうか?

少し前までは歯科衛生士の仕事は、歯垢や歯石の除去、歯磨き指導など、虫歯や歯周病の予防がメインでした。最近では、お口の機能の向上や維持を目的とした予防処置も歯科衛生士の仕事の一つになってきました。

年をとっても最期まで好きなものを自分のお口から食べたい!と思っている方は多いと思います。自分のできることから少しずつで構いませんので、お口の機能にも目を向けて、いつまでも食べたり、笑ったり、元気で過ごしていきましょう。

ABOUT ME
歯科衛生士|Y.S.
「たかが歯磨き、されど歯磨き」をモットーに、お口のケアによってもたらされる健口と生き生きとした表情をつくることが自分のテーマ。 私にとって、人の笑顔が一番の喜びです。統合失調症の母をもつ子供の立場、歯科衛生士としての立場や経験を通して、お口のケアで目の前の人を笑顔にできるような取り組みを考えています。オレンジやレモンピールが大好き。