歯科コラム・体験談

認知症の高齢者と暮らすご家族の歯科受診にまつわる悩み

私が障害者福祉にかかわる中で、介護の必要な高齢者がいる家庭のご家族から「お出かけはもちろん、歯医者さんに受診させてあげるのも一苦労だ」という悩みを聞くことがよくあります。今回は認知症の方の歯科受診にまつわる印象的なエピソードをご紹介します。

目次

認知症による口腔ケア習慣の消失と介助の難しさ

「うちの母は認知症が進んで、何をするにも嫌がります。食事をした後に、口の中をきれいにするという習慣を忘れたためか、自分ではきれいにすることができません。でも、家族が手伝おうとすると、口を開けてくれないんです。」

この方は、認知症によって口腔内の健康を保つことが難しくなり、家族の介護もなかなか受け入れられなかったのです。

「ある時、どうも口の中を痛がるようになり、近所の歯科医院へ無理やり連れていきました。しかし、診察を待つ間はウロウロし続け、いざ診察室に呼ばれても、椅子に座るまでに時間がかかりました。

先生が口を開けるように言っても、かたくなに閉ざしてしまい、ひどく怒って先生に怒鳴る始末…。結局、何もできないまま、家に帰りました。歯科医院の人たちに迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ないという気持ちでいっぱいです。」

その後も歯科受診ができず、歯の痛みから食事を摂らなくなり、徐々にやせていってしまったようです。そんな矢先にひとつの転機が訪れます。心配していた肺炎による入院です。

肺炎での入院後に往診に来てくれた歯科医師の存在

入院が決まったことで「これからどうなるのか?」とご家族の不安はますます募りました。しかし、この入院にもラッキーなことはありました。それは、病院に往診に来てくれる歯医者さんがいたことです。

家族が病院の看護師さんに歯の具合が良くないことを伝えると、定期的に病院に来てくれる歯医者さんに診察してもらうことができました。すると、入れ歯の不具合を発見することができ、新しい入れ歯を作ってもらえることになったのです。

ともあれ、不幸中の幸いともいえますが、新しい入れ歯ができたおかげと、肺炎の治療がうまくいったおかげで、また徐々にご飯が食べられるまでに回復されたようでした。

歯科受診に失敗してしまう認知症の方は非常に多い

ここまでのエピソード、いかがでしたか?認知症の高齢者を支えるご家族の方は、その様子が目に浮かぶのではないでしょうか。

認知症になると、その症状にもよりますが、ここはどこで、何のためにいて、何をするのかの理解や判断ができなくなったり、苦手になったりします。

このエピソードでいう「歯科医院でウロウロして、診察室の椅子に座るのに時間がかかり、口をあけずに怒った」というのは、自分が歯医者にいることや、なぜ歯医者にいるのか、ここでどうするべきなのかの理解ができていなかったのだと思われます。

わけも分からないまま口を開けるように促されたり、何かを強制されると怒りたくなる気持ちも分かりますね。

このように、認知症の人の場合、場所が変わるととても混乱してしまうことが少なくありません。また、それを言葉で訴えることも難しくなります。歯科医院という非日常の場面に、戸惑ってしまい、歯科受診に失敗してしまう認知症の方はとても多いのです。

環境変化に敏感な認知症で歯科受診時に出来ること

エピソードのように、入院するしか方法がないわけではありません。病院に往診に来ていた先生は日頃から認知症の患者さんに接する機会が多く、対応に慣れていたことが考えられます。認知症を理解し、できるだけ不快な想いをさせないように声をかけながら治療してくれる歯科医さんだったのかもしれません。

環境が変わることに敏感な認知症の人のために、自宅への往診をしてくれる歯医者さんもいます。まずは地域の歯科に問い合わせて、認知症があることや、自宅への往診をしてくれるか聞いてみると良いでしょう。

また、介護保険制度を利用している場合は、日頃の状態をよく知っているケアマネジャーがいますので、歯科受診の際には同行してもらい、歯医者さんに状況を説明してもらうことも可能です。

介護サービスを利用している場合は、介護の専門職の方に口腔ケアのコツを教えてもらうのも良いでしょう。また、口の中の状況が悪化しないうちにできるだけ早く歯科受診をすることも大切です。

認知症を発症した初期の段階からお口の中の状況に気を配っておくと、治療を早く受けられる分、ご本人の負担は確実に少なくなっていきます。

認知症は、原因となる状態・疾患があり、それによって引き起こされる症候です。主な症状は記憶障害や見当識障害などの、認知機能の障害です。認知症の原因となる状態・疾患には、アルツハイマー病や脳血管性認知症などがあります。

認知症の方は、すべてのことを理解できなくなっているわけではありません。周囲のことが十分に理解できず、むしろ敏感になり不安を感じやすい状態になっています。そのため、認知症の方と接するときは、動作するときには事前に声をかけ安心感を与えたり、急な動作を控えたりします。また、自分が訴えたいことがわからなくなっている場合もあります。そのため、こちらから気づいてあげることも大切です。

本編で紹介されていた肺炎の原因は不確かですが、口腔内の汚れを誤嚥(肺や気管内への吸引)すると、肺炎の原因になる可能性があります。そのため、セルフケアが不十分な認知症の方の介護には、口腔ケアが必須です。

しかし、突然口の中に歯ブラシを入れると拒否行動を示すことがあります。不安を取り除くために、まずは口の周りのマッサージをしたり、歯ブラシで口腔周囲に触れたりして、歯ブラシの感覚に慣れてから行うと有効な場合があります。粘膜併用歯ブラシやスポンジブラシ、口腔ウエットシートなどを上手に利用すると、お互いの負担を減らすことも可能です。

[監修歯科医師:黒田 英孝]

ABOUT ME
ライターネーム「Koba」
福祉業界の相談員として約10年勤務しています。高齢者や障害者の方々は様々な面で歯科受診が難しいことをいつも感じていました。それらの経験が皆さまのお役に立てればと思います。