精神障害を持っている方は偏見や差別などに苦しむことがよくあり、特に統合失調症の方は、長年にわたって向精神薬を服用していることで副作用の苦しみがあります。
そういった副作用が軽減されるように、近年、薬の開発も進化してきていますが、それでもやはり重篤な副作用を引き起こすことがあります。
よだれが出る、手が震える、眼球が上がるなどの副作用は目に見えるものですが、目に見えない副作用もあります。その副作用に、本人が気づけないことが一番怖いことです。
向精神薬の副作用の一つに、痛みに対して鈍感になる「感覚鈍麻」があります。
今回は、私が施設支援者として関わった、薬の副作用による感覚鈍麻によって発見が遅くなってしまった可能性のある口腔がんについてお伝えします。
統合失調症を患う男性からの「口の中に何かある」
統合失調症を患っている男性の方が、ある日突然「歯が痛い。虫歯ができたから歯医者に行く。口の中に、なんか硬いものがあるような気がする」と言ってこられました。
元々、歯磨きの指導を施設で行ってはいたのですが、日頃から歯磨きにはとても抵抗を示す方でした。また、自分でできるとの思いも強く、介助などを強いることができない状態でした。
その方が、「歯が痛い」と訴えること自体に驚きました。口の中を見せてもらうと、歯茎が真っ白になっている箇所が数か所あり、口臭もきつく、最初は歯槽膿漏(歯周病)かと思い、歯科受診を勧めました。
歯の痛みで食事量減少。抵抗することなく歯科受診へ
歯科受診を勧めると、素直に応じてくれました。歯が痛くて食事をとる気力もないとのことでした。
入所施設では簡単な調理ができることや、本人の希望もあったことから、自炊をしていました。そのため、食事の摂取量についても、直接見ての確認まではしていませんでした。しかし、痛みを感じてからは食事量が減っていたようでした。
歯科受診には私も同行しました。それは、歯周病であった場合、適切な支援が必要だと思い、その方法を歯科医師から教えていただくためでした。
歯科医師の診察結果は「口腔がん(歯肉がん)」
診察室には入らずに待っていたのですが、歯科医師の先生に呼ばれ中に入ると、「口腔がん(歯肉がん)の疑いがある」と宣告されました。
先生からは、「かなり痛みがあると思われる状態だが、向精神薬の副作用の影響で痛みに対して鈍くなっており、気づくのが遅くなったのだろう。一般の方であれば、もっと早くに異変に気付くことができたと思う」というお話がありました。
また、口腔内の清潔が保たれていないことも、この歯肉がんの原因のひとつと考えられるとのことでした。
歯茎は真っ赤ではなく白くなっていて、白い箇所は点在しており、これまでに見たことのない状態でした。個人のクリニックでは以降の診察が難しいため、総合病院を紹介受診しましたが、結果は同じでした。
現在も治療は行っていますが、ご本人様やご家族の意向により、積極的な治療はしないこととなりました。とても悲しいのですが、多くのことを教えていただきました。
口腔がんの精神障害者の方から学んだこと
本人に声掛けを行い、口頭での確認をするだけでは、やはり不十分でした。外見的な異変は支援者が見てもすぐにわかるのですが、口腔内の異変にまでは、なかなか気づくことができません。そのためには、定期的な歯科受診がとても大切だと痛感した出来事でした。
精神疾患の方は、不衛生な口腔内の環境に慣れてしまっていることが多く、また痛みに対して鈍感になってしまう方も少なくありません。精神面だけではなく、口腔内の疾患や予防策などについても、利用者様と話し合う必要があると思いました。
そこで当施設では、毎月8日に「歯の健康デー」として、皆で歯磨きを一斉に行い、口腔内をチェックすることとしました。また、定期的に歯科医師に情報をもらうことにしました。歯科受診は「怖い」というイメージが強く、昔の痛い思いがトラウマになっているという方が多くいます。
現在の歯科医院では、「笑気麻酔」や「静脈内鎮静法」をしてくれるということも情報としていただきました。どうしても恐怖が先立つ障害者の方に対しては、こうした痛みや恐怖に対しても優しい対応をしてくれる歯科医院は、大変ありがたく感じます。
口腔がんはコラムのように白いものもあれば、赤くなるもの、潰瘍になるものや、硬くなるものといったようにいろいろな見え方があります。そのため、歯周病や口内炎などとはとても鑑別が難しいときがあります。上記コラムの筆者もおっしゃっていたように、定期的な歯科受診がこのような口腔がんの早期発見につながることも多くあります。何かおかしいと感じたときは、かかりつけの歯科医院や最寄りの歯科医院へぜひご相談ください。
[監修歯科医師:黒田 英孝]