精神障害を持った方の中には、精神疾患症状による幻覚・幻聴や薬の副作用などの影響から衛生面に課題のある方が多くいらっしゃいます。
入浴・着替え・歯磨き・掃除などにおいては特に支援を必要としないことが多いのですが、その中でも歯磨きについてはご本人(施設の利用者様)が必要性を感じていないことや、しばらく歯磨きをしなくても特に身体的な症状がすぐに出ることもないため、気づいたときには虫歯や歯周病が進行し、歯が抜けてしまうことがあります。
こちらの記事では日頃から精神疾患の方に接している支援者としての関わり方や、入所施設で歯科受診率アップのために私が実践していることなどをお話しできればと思います。
歯と口腔衛生の大切さを知ってもらって歯医者へ
まずは歯磨きが習慣化できていない方に関しては、毎食後に歯磨きしたかを確認するために「歯磨きチェックリスト」を導入しています。
毎食後にスタッフと一緒に歯磨きを行い、その場でチェックリストを記入してもらいます。チェックリストを用いることにより、歯磨きを習慣化し、口の中がきれいになったということを実感していただくことに重点を置いています。
次に支援者側からの声掛けがなくても歯磨きができるようになると、自身の口の中を手鏡で見てもらいます。すると歯が黒くなっていたり、かけていたり、ぐらついていたり、歯ぐきが腫れていることに気づきやすくなります。
そのタイミングで歯医者に行くことをお勧めすると、口腔衛生の必要性を感じていただけるようになった方ほど受診率が高くなっていきます。
歯科受診に結び付かない場合のグループワーク
それでも歯医者での治療を必要ないと感じている方には、歯の役割や歯がないことによる身体への影響などを一緒に調べながらケアの必要性を知っていただきます。
支援者が必要性を話しても納得してもらえない場合は、ピアサポート(同じような立場の人によるサポート)が効果的と感じています。
グループワークとして、受診を拒否されている方々と既に歯医者で治療を開始されている方々に何人かずつ集まってもらい、週に1度それぞれの思いや考えを話し合ってもらうようにします。
グループワークでは各参加者の経験や気持ちを共有しあえることから、歯医者を受診して良かったこと、不安であったこと、その解決方法などを伝えることで、これまでかたくなに歯医者への受診を拒否していた方であっても実際に受診へつながることがあります。
入所施設における歯が一本もない方へのサポート
残念ながら、施設に入所してきた時にはすでに歯がすべて抜け落ち、歯ぐきのみで食事をする生活を続けたために、歯ぐきが非常に硬くなっている方もいらっしゃいます。
こうした方々は入れ歯をいれる必要性を感じておらず、まだ年齢が若いこともあり嚥下機能が低下していないため、歯ぐきのみで食べる方法を続けられています。
そのような場合は、年齢を重ねるにつれて嚥下機能が低下し、歯ぐきのみでの食事が原因で窒息や誤嚥性肺炎になる恐れがあることを伝え、歯医者を受診していただきます。
歯がないことのデメリットに関する情報提供はやはり有益です。世の中にはそうした情報を得る機会がないまま、長い時を過ごしている方々が大勢いるのですから。
[まとめ] 精神障害者の口腔衛生支援に向けて
決して怖い情報だけを伝えることにとどまらず、歯があることによるメリットを伝える方に重きをおくことで強い抵抗感は和らげることができると私は考えています。
私たち、支援者はもちろんご本人の意思決定を尊重することが基本です。しかし、身体に及ぼす危険性があると考えられた場合は、ピアサポートを通じて正しい知識を楽しく、そして時間をかけて理解してもらうこと、また正しい情報を伝えて、歯科に受診を促すことは非常に大切だと思っています。
精神障害者の方は、成人してから病気を発症することが多いため、決して子供に伝えるような言い方はしません。ご本人の気持ちを尊重した上で歯医者への受診を促し、定期検診などで歯科医院と連携しながら、口腔衛生の向上/維持に向けて今後も取り組んでいこうと思います。
精神障害者(うつ病や統合失調症などの精神疾患を患った方)は治療のために向精神薬や抗不安薬を服用します。それらの薬の多くは唾液の分泌を低下させるといった副作用があります。そのため口渇を感じて、甘味飲料を多飲する傾向があります。また、唾液には自浄性(口の中を掃除する役割)があります。唾液分泌が低下すると自浄性も低下し、歯みがき不足などとあいまって、むし歯や歯周病になりやすくなります。
精神障害者の対応方法として重要なのは「傾聴」と「支持的態度」です。訴えが長くてわかりにくくても耳を傾けます。不合理な内容も頭ごなしに否定せず、訴えを受け止めることが大切です。加えて、むやみに励まし過ぎないことも重要です。
歯科医院での治療内容は、疾患の状態によって判断します。罹病期間中は適応力が低下するため、積極的な治療は避け、歯石を取るだけといった内容にとどめます。新しい入れ歯を作るなどの積極的な治療は、症状が落ち着いてから開始します。そして、精神科主治医と連携を取りながら治療を進めることも重要になります。
監修歯科医師
黒田 英孝