精神障害を持つ方は、向精神薬など薬の種類によっても異なりますが、その副作用により、痛みに鈍感になったり、神経が鈍麻になったりすることがあります。そのため、小さな骨の骨折の場合などでは、痛みに鈍くなっているために骨折自体に気づかない方もいらっしゃいます。
先日、自ら「虫歯がある」と言ってこられた利用者様(統合失調症の方)は、既に歯の大部分が欠けてなくなっている状態で、歯肉の中に数ミリの歯が見える状態でした。私が支援者として、その方の歯科受診に対応したときのことをお話ししたいと思います。
統合失調症の方が虫歯を訴えてきたとき
「虫歯があるような気がする」と言ってこられた利用者様は、統合失調症を長く患っており、向精神薬(抗精神病薬)を長期にわたり服用されている50代前半の女性です。
口の中を確認すると、ほとんどの歯が欠けている状態で、目で確認できるのは歯肉の中に歯がわずかに見えるといった状態でした。
痛みがあるのかと聞いてみると、痛みは全くない、しみることもない、昨日ご飯を食べていたら歯が無くなっていた、と話されていました。欠けた歯はご飯と一緒に体の中に入ったかもしれないとも、笑顔で話されていました。
奥歯が欠けたという事実は、彼女にとってはそれほど大変な出来事ではなく、「もしかしたら虫歯かも・・・でも大丈夫、支障はないから」といった程度の感覚だったのかもしれません。
虫歯には治療が必要であることを伝える重要性
「痛みもなく、しみることもない、歯はまだまだたくさんある」・・・このように思っている方に、歯が1本無くなっていることは大変なことで、治療に行かなければいけないということをどう伝えるのか、これが支援者の課題です。
私たちはまず「奥歯が口の中でどんな役割をしているのか」、そして「そのまま治療をせず放っておくとどうなるか」を伝えるようにしています。
受診拒否の理由には心的トラウマなどもある
歯の重要性を理解してもらっても、歯科受診になかなかつながらないこともあります。
その理由としては以下のようなものが考えられます。
・金銭的な問題がある
・歯科医師にうまく状況を話すことができない
・歯科治療が怖い
金銭的な問題を訴える方も多いのですが、実は幼い頃に歯の治療で怖い思いをした、痛かったなどの心的トラウマなどから、なかなか受診ができないことも少なくはありません。
そうした時は、支援者が歯科医院に同行し、少しでも安心感を持って通院してもらいます。歯科医師の先生や受付の方などに、現在の病気の状況や、歯科治療に対して恐怖心が強いことなどを私たち支援者が伝えます。そうすることで、不安が和らぐことがあります。
支援者が同行時に付き添いとして出来ること
歯科医師の方が状況を把握してくださり配慮していただいたおかげで、無事に抜歯することができました。
しかし、その後の鎮痛剤の服用や、抜歯したところからの出血などに対して、利用者様は自分で対応することが難しく、やはり説明などは一緒に支援者も聞く必要があります。
口の中が血だらけでもそのままいることもあり、ガーゼを噛んで止血するなどの抜歯後の注意事項は、支援者が一緒に行わなくてはならないこともあります。
治療が必要な箇所が多い方も多くいます。支援者は、そのたびに同行していく必要があります。そして、治療が中断しないような支援が必要です。
まとめ
私たち支援者は管理者ではありません。利用者様が自分でできること、理解できることは自分でしてもらいます。そして、今後も自分でできるようにお手伝いをする立場です。
小さい頃に怖い思いをした歯科医院での経験は、大人になっても残っているものです。今回受診した歯科医師の先生はとても親切で、治療器具を持ちかえるたびに「これは風が出る器具」などと口の中に入れる前に見せて説明をしてくれました。それによって、利用者様は安心して治療を受けることができました。
以上の経験を通じて、私たち支援者と歯科医師との連携が重要であると感じました。利用者様が通いやすい歯科医院を見つけ、定期的な受診や健診を促していきたいと考えています。
精神疾患の患者様に適切に歯科治療を受けていただくには、ご家族や支援者のサポートはとても重要です。付き添いがいるから歯科受診できるという患者様を私もたくさん診てきました。過去に受けた歯科治療での体験が原因で心的外傷となり、歯科治療が受けられない方を歯科治療恐怖症といいます。精神疾患を患っていなくても、歯科治療恐怖症の方はたくさんいます。そのような方のために、薬物を用いる精神鎮静法というものがあります。緊張がなくリラックスした状態になり、楽に治療を受けられる方法です。精神鎮静法には、亜酸化窒素(笑気)を用いた吸入鎮静法と、点滴をとり静脈から鎮静薬を投与する静脈内鎮静法をいう方法があります。すべての歯科医院で行われているわけではありませんので、事前にインターネットで検索してみたり、直接歯科医院へ問い合わせてみるとよいでしょう。
[監修歯科医師:黒田英孝]