現在小学5年生の息子は、自閉症スペクトラム(ASD)と知的障害があります。アレルギーの薬を服用していますが、発達障害に関する内服薬はありません。
エレベーターが大好きな息子は、ショッピングモールへ行くと、ずっとエレベーターに乗りっぱなしで、付き合わされる私が酔ってしまうほどでした。そして、自動ドアが大好きで、開くタイミングで出たり入ったりしてしまうこともありました。
息子は、4歳くらいまで聴覚過敏が強く、流水音やドライヤーが苦手でした。そのため、ヘアサロンや歯科医院はパニックを起こすことが予想されたため敬遠していましたが、7歳ごろから連れて行くようになりました。
今回は自閉症スペクトラムを持つ息子に歯科を早く克服させるために、歯科に関する情報収集を始め、感覚過敏に対する刺激を避けるのではなく、かかりつけ歯科医との出会いを通じて段階的に慣らしていった経緯をご紹介できればと思います。
目次
自閉症で早く克服しておきたい歯科とヘアサロン
保育所や学校の歯科検診で、虫歯を指摘されたことはありませんでした。
しかし、当事者の母親同士で話をする中で、歯科とヘアサロンは早く克服した方がいいと聞き、障害者歯科を掲げている歯科医院がいいのか、一般の小児歯科で受け入れてくれるのか、といった情報収集から始めていきました。
アレルギーの治療のため通院が多いことから、近隣の通いやすいところを開拓しようと思いました。
歯科とヘアサロンには、共通するところがあると考えています。それは、昇降する椅子とセミオープンに区切られた空間です。他の治療台から聞こえてくる機械の音やバリカンの音、水が流れる音、などなど。
多くの音が洪水のようにあふれ、息子がパニックを起こしそうな要素がたくさんあります。
息子とかかりつけ歯科医の先生との出会い
近隣で新しく開業した歯科医院の内覧会が開かれました。院長先生と奥様の若い歯科医師の先生がご夫婦で診療されるそうで、個室スペースもありました。
内覧会の際、院長先生に直接お話しするチャンスがありました。私は、息子のASDのことや、歯科治療は初めてであることなどを相談し、初めて歯科へ通院することになりました。
初回の治療では、「口の中に触れられなくても、場所になれるだけでもいい」と、先生は子供が怖がらないように配慮してくださいました。
息子は昇降する診察用の椅子がエレベーターに似ていることを気に入り、コップを置くところから水が流れてくる音、治療するときの機械の音、口の中の唾液を吸う機械の感触などは、我慢をしていたようでした。
かかりつけ歯科医との信頼関係にもとづく安心感
親子で不安でしたが、無事に初回の歯石取りを終えることができました。
先生が息子に「できる? それじゃやってみよう」と説明し、丁寧に確認をしてくれました。私は付き添いながら、邪魔にならないように時々励まし、我慢した後は誉めました。息子も「お母さんが(歯磨き)するより痛くなかった」と、先生に信頼を置くようになりました。
先生に対する信頼感ができると、「お母さんは待合室で待っておいて」と言うようになりました。歯がぐらぐらしていると、「先生、抜いて」と自分から要求するほどになりました。
とある診察の時に、歯磨き指導をしてもらいました。面白い先生だったので、医院内での先生と息子のやりとりがおかしく、受付の方も私も笑わずにいられませんでした。そして、何より本人が楽しそうでした。先生との信頼関係ができているのは、とても安心できます。
チェーンブランケット®という掛け布団の愛用
息子に特徴的だったのは、体を包むような感覚を好むことです。自分が入ることのできるダンボールや脱衣かごに入って遊ぶのを今でも好みます。
「すっぽり包まれる感覚」で、自分の体の中と外をしっかり把握できることで、感覚入力がしっかりし、安定感を感じられるようになり、精神的に落ち着くようです。
息子は「チェーンブランケット®」という8㎏くらいある掛け布団を愛用していました。「ハグされたような安心感」を得られると入眠も早くなりました。
最近は他の種類もあるようですが、重い布団は不眠症対策にもなると、最近は安価な掛け布団も販売されているようです。
※チェーンブランケット®について|https://lagom-japan.co.jp/chainblanket/
主に自閉症の方たちのクールダウンを目的として、安価な重い掛け布団はチェーンブランケット®が開発される以前から存在していました。しかし、詰め物の関係で、暑さ、音、洗濯、何より寝返りで体に沿わなくなることに問題があり、効果が安定せずエビデンス(科学的根拠)では支持されておりませんでした。こうした問題を解決し、エビデンスの支持も得られたものがチェーンブランケット®です。
チェーンブランケット®から歯科受診でのヒント
歯科用椅子をリクライニングすると、不安感が高まります。仰向けになると、体を起こしているときに見ていた景色と急に変化するからです。
そして、身体で得られる情報が背部のシートからだけになると、宙に浮くような不安を感じ、ひじ掛けなどを強く握って安定感をより求めたくなります。
顔の真上に照明が来て、白くて強い光が目に入る。その上、嫌なモーター音が響き、味のしない金属が口の中へ入って、唾液もたまってくる。
何をされているのか視覚では確かめられず、苦手な感覚をひたすら我慢するしかありません。
そんな時に息子は、ひざ掛けを掛けたり、少し重いクッションや座布団を膝に置いたりします。すると、包まれたような感覚で安定感を得ることができます。
まとめ|息子の成長と歯科受診を通じて
成長とともに自分で頑張りたい意欲が高まります。
「いつの間にか嫌だって言わなくなった」という感じに、右肩上がりではなく、ある時そう言えば大丈夫になっていたということも多くあります。
息子の成長を通じて、嫌がる刺激を避けるのではなく、段階的に慣らすことが大切なのだと感じました。そうして少しずつ苦手を克服することで、外出がしやすくなり、行動範囲も選択肢も増えていきます。
また、子供が好む・安心する感覚グッズを持参することも有効です。この記事が子供の歯科受診に悩むお母さんの参考に少しでもなれたら幸いです。
障害者や小児の患者に対して歯科治療を行う場合、発達年齢や治療内容に応じて、ネットで体を包むレストレイナー®等の身体抑制具を用いることがあります。治療を嫌がって暴れてしまうと、治療に危険が伴います。そのため、レストレイナー®である程度体の動きを抑制することは、安全な歯科治療を提供するために必要な行為です。しかし、身体をネットで拘束しているという状態に変わりはなく、この行為に対して様々な意見があるのも事実です。
今回のコラムで、チェーンブランケット®の紹介がされました。昨年の日本障害者歯科学会学術大会で、このチェーンブランケット®を使った体動コントロールの方法が報告されました(1※)。長年レストレイナー®を使用して治療をしてきた方の抑制方法を、チェーンブランケット®に変えたところ、大きな体動をすることなく、安全に治療ができたという内容でした。チェーンブランケット®はレストレイナー®と比較して、患者の意思で外すことができて、外見的にも威圧感がありません。
障害の種類や程度にもよるかと思いますが、チェーンブランケット®による身体抑制法は、もしかすると多くの方に応用できる方法かもしれません。
※1.障害者歯科学会雑誌, 39巻3号, P.280 (2018.09).
[監修歯科医師:黒田 英孝]