歯科コラム・体験談

自閉症スペクトラムの感覚過敏を息子が歯医者で克服するために

私の息子は知的障害を伴う自閉症スペクトラムです。まだ障害があると分かっていなかった乳児の頃から癇癪(かんしゃく)が激しく、その感覚過敏によって自宅での歯磨きには手を焼いてきました。

目次

知的障害を伴う自閉症スペクトラムの息子と癇癪

1歳半健診でフッ素を塗布していただいた際、虫歯予防のため、歯科医にかかりつけを作り、定期的にフッ素を塗布するようにと指導されました。癇癪の激しい息子を毎回歯医者に連れて行くことは、それだけでとても大変な作業でした。

到着するやいなや、私の手をすぐに離れて走り回る息子。この頃はまだ障害があることははっきりしておらず、要経過観察と言われている時期でした。自閉症の子供は傍から見ると健常の子供と見た目は変わらないため、しつけをしていない親だと思われるのではないかと、待合室では人目が気になって仕方なかったことを覚えています。

診察台の上に抱っこしながら乗せると、息子は仰け反って嫌がり、暴れ、先生やスタッフからは「お母さん、しっかり押さえていてください!」と何度も叱責されました。嫌がる息子を時には4人がかりで押さえつけながらフッ素を塗布したこともありました。歯医者に行くのは毎回憂鬱で、帰り道はぐったりと疲れてしまっていました。

自分を責めた毎日の歯磨きと3ヶ月おきの歯科検診

それでも息子に虫歯を作らせないために、3ヶ月おきのフッ素塗布を欠かしたことはありませんでした。その甲斐あってか、3歳半になった今もなお、息子に虫歯は1本もありません。

しかし、毎回の歯科検診がよほど苦痛だったのか、息子は日常の歯磨きをますます嫌がるようになっていきました。歯ブラシを見ただけで泣き出し、パニックを起こす息子を無理やりつかまえて歯を磨いていました。

腿(もも)の内側に息子の頭を固定して、息子の両腕を腿の裏側で押さえて磨くように指導されていたため、そのように歯磨きを行なっていました。息子は泣き叫び、暴れ、私の腿の裏側を何度も引っ掻き、爪を立てました。

息子のためにやっていることなのに、まるで虐待をしているかのような気持ちになり、我が子相手に歯磨きひとつ満足にしてあげられない自分をひどく責めました。毎日の歯磨きと3ヶ月おきの通院を、まるで地獄のように感じる日々でした。

かかりつけ歯科医の変更と歯医者での初めての笑顔

毎回無理やり押さえつけるだけの歯科医院の対応に疑問を感じ、かかりつけ歯科医を変更したのは、息子が2歳半の頃です。その頃には息子はもう障害の診断がついていて、療育先で出会った方から紹介された歯科医院に行きました。

まず驚いたのは、スタッフ全員が息子に否定的な言葉を一切かけないことでした。椅子に座れたら「すごいね!」、口を開けたら「えらいね!」と、その場にいるスタッフ全員で大げさなほどに褒めてくださいました。そして、優しそうな女性の先生が何度も声かけしながら、息子が暴れたら中断しつつ、丁寧に診察してくださいました。

最後に「お母さん、この子は、口の中を見せることにとても抵抗があるみたいです。きっと、色々なことに繊細で過敏な性格なのでしょう。こうして、ちょんちょんと舌をタッチしてあげることで、口の中の過敏性(感覚過敏)が減っていくので、おうちで続けてみてくださいね」とアドバイスされました。

息子の舌の先を、歯ブラシや指先でちょんちょんとタッチしている先生の眼差しは、温かく優しいものでした。驚いたことに、先生に舌先をちょんちょんされた息子は、とても嬉しそうに笑ったのです。歯医者で息子の笑顔を見たのは、それが初めてのことでした。

[まとめ] 親子二人三脚で感覚過敏を一歩ずつ克服する

その後、先生のアドバイスどおり、舌にタッチするスキンシップを毎日取り入れるようになりました。

あれから1年。現在も残念ながら息子の歯磨き嫌いと歯医者嫌いは続いていますが、口の中を開けて見せることへの抵抗はずいぶん無くなったように感じます。

舌にタッチをするたび嬉しそうに笑ってくれるので、歯磨きの後はご褒美に舌タッチをするのが恒例になりました。

息子の感覚過敏の克服までには、まだまだ時間がかかりそうですが、親子での二人三脚、スモールステップでこれからも頑張ろうと思います。

自閉症スペクトラムの特徴の1つに「感覚過敏」があります。なかでも聴覚と触覚に対する過敏が多いとされています。健常者であっても、口腔内は髪の毛1本あるだけでも不快と感じるので、自閉症スペクトラムの方にとってはとてもシビアな問題です。

歯みがきは大きな外来刺激です。その複雑な刺激に対応できず、刺激に対する回避(拒否)行動として、あばれたり嫌がったりしてしまいます。自閉症の感覚過敏に対する一般的な対応方法は、感覚過敏の原因となっている事物を特定し、それを可能な範囲で避けることですが、歯みがきはそうはいきません。そのため「脱感作(刺激に慣れさせること)」をする必要があります。

歯みがきの前に、緊張をほぐすこと(口腔周囲の筋肉のマッサージ)から始めましょう。身体の末端より触れ徐々に顔→頬→口元に触れ、少しずつ脱感作を試みます。「歯ブラシや指先で舌の先をちょんちょんとタッチ」もとてもいい方法です。「手の指の腹で歯ぐきをマッサージするようにこすってあげる」のも効果があります。

長時間の歯みがきが難しい場合は、朝は上の歯から、夜は下の歯からというように、違う場所からみがき始めることで1日の中でのみがき残しを減らすことができます。歯ブラシを使うことが難しい場合は、口腔ケアガーゼを用いて口の中の汚れをふき取るだけでも十分に効果があります。

監修歯科医師
黒田 英孝

ABOUT ME
ライターネーム「K.T」
地方の大学卒業後、四年ほど会社員として勤務しておりました。出産を機に退職し、現在は在宅でライティングの仕事をしております。