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【緩和ケア】がん終末期治療における口腔健康管理

最近、目や耳にする機会の増えてきた「緩和ケア」という言葉があります。よく見聞きすることが増えているものの、皆様は果たして「緩和ケア」の本当の意味をご存知でしょうか?

目次

緩和ケアとは

現在、日本は超高齢社会を迎え、がんは日本人の死因で最も多い病気となりました。しかし医療技術の進歩によって、がん患者さんの生存期間は格段に延長する傾向を認めています。

医療技術の進歩によって、がんが完治する人々が増える一方で、「担癌状態」という、がんと伴に生活している患者さんも増えてきているのです。

がん患者さんは、がん自体の症状の他に、痛みや倦怠感などの身体的苦痛、不安や悲しみ、死への恐怖などの精神的苦痛、病気に起因する離職などの社会的苦痛を経験します。

「緩和ケア」という治療は、がんと診断された時から行う、身体的・精神的苦痛・社会的苦痛を軽減、緩和させるための治療のことを示しています。

口腔ケアとは

次に「口腔ケア」という言葉を説明させていただきます。多くのメディアやTVコマーシャルなどでもこの言葉が用いられています。

一般的なイメージとして「齲蝕(虫歯)を減らそう」「歯周病(歯槽膿漏)を治そう」というイメージかと思います。このイメージは概ね正解ですが完全ではありません。

「口腔ケア」の真の意味は、口腔清掃を主とした口腔環境の改善を表すだけではなく、これに摂食嚥下(飲み込み)などの口腔機能の回復や維持増進を目指した行為すべてを含むものとして使用されています。

また、「口腔ケア」という用語は、日本口腔ケア協会譲渡制限(株)が権利者として商標登録していることもあり、学術用語としての位置づけに疑問があるため、学術用語としては、口腔清掃を含む口腔環境の改善など口腔衛生にかかわる行為を「口腔衛生管理」、口腔機能の回復および維持増進にかかわる行為を「口腔機能管理」とし、この両者を含む行為は「口腔健康管理」と定義されています。

今回は、終末期治療として「緩和ケア」を選択されている患者さんにおける、「口腔ケア(口腔健康管理)」の現状、今後の展望について解説させていただきます。

がん終末期の患者さんの多くが苦しむ口腔乾燥

がん終末期の患者さんは、全身状態の悪化、経口摂取量(食事の量)の低下、セルフケア能力の低下などにより、多数の口腔内の問題が生じます。特に患者さんのほとんどは「口腔乾燥」という症状を認めています。

口腔乾燥はがん進行期の患者さんの約80%、終末期の患者さんの40%以上に認めるとするデータがあります。しかし、根本的な治療法がないため、医療現場においては口腔乾燥に苦しむ患者さんが多数いらっしゃいます。

口腔乾燥は口腔内の自浄作用(キレイにする能力)の低下、摂食嚥下機能(飲み込み)障害、口腔内の違和感・疼痛増大、義歯の適合不良(入れ歯の合いにくさ)、味覚障害とも大きく関わりがあり、最終的には感染症リスクの増大、QOL(quality of life; 生活の質)を低下させます。

緩和ケアと口腔ケアの組みあわせによるQOL改善

このような背景から、近年緩和ケアプログラム内に、口腔乾燥症等の口腔合併症に対する口腔ケアのプログラムを取り入れる施設が増加し、最終的に患者さんのQOLが改善したとの報告が徐々に増えてきました。

また、平成24年4月からは、がんを治療する病院と地域の歯科診療所が連携して、がん患者さんの歯科治療や口腔管理を行う「周術期口腔機能管理(現、周術期等口腔機能管理)」という制度が導入されました。

これは、がん患者さんの口腔に起こる問題を、大学病院や地域病院歯科だけではなく、地域の歯科診療所も病院と連携して口腔ケアや歯科治療を実践する、終末期の患者さんを中心とした医科歯科連携を目指した画期的な制度です。

こちらも徐々に成果が出ており、制度の導入前後における患者さんのQOL改善についても、多数報告を認めています。

今後の課題|次世代の口腔健康管理に向けて

今後の課題は、現在数多くある口腔ケアの手技・手法をまとめ、口腔ケアの質を標準化することで、がん終末期の患者さんが日本全国どこでも同質な口腔ケアを受けられる土壌を整備することだと考えます。

現在、歯科医師および歯科衛生士が行う口腔ケアは、従来の歯科診療室で健康な患者さんを対象に施行していた、歯周病等に対する口腔衛生処置(口腔ケア1.0)から、「がん」という重大な全身疾患に伴う口腔内トラブルに対する口腔健康管理(口腔ケア2.0)へと大きな変化を遂げています。

日本は今、超高齢社会を迎えており、緩和ケアを受けられている患者さんも、従来の病院から在宅(在宅医療)へと多岐に渡ります。

今後は、在宅医療に合わせた歯科治療(訪問歯科治療)も並列とした、次世代の口腔健康管理(口腔ケア2.5)についても検討、実践していく必要があると考えています。

[筆者]
歯科医師|逢坂 竜太

・医療法人社団松和会 池上総合病院 歯科口腔外科 医員
・東京歯科大学 オーラルメディシン・口腔外科学講座 専修科生
・日本口腔外科学会 認定医、専門医
・ICD(インフェクションコントロールドクター)

医療法人社団松和会 池上総合病院 歯科口腔外科<関連リンク>
東京歯科大学 市川総合病院 歯科口腔外科<関連リンク>

※当記事に関するご質問等は「障害者歯科ネットのお問い合わせページ」よりお問い合わせください。

ABOUT ME
歯科医師|逢坂竜太
1985年生まれ。都内総合病院歯科口腔外科に勤務。口腔がん治療を専門に、有病者歯科治療にも従事。人生の波には乗れていないが、最近のマイブームはサーフィン。