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ダウン症候群の方への効果的な歯磨き方法

目次

はじめに

ダウン症候群は1866年に英国の医師John L.H.Down(1828~1896)によって発見され、その医師の名前を取って「ダウン症候群」と命名されました。その後、1959年にフランスのJ.Lejeune(1926~1994)らが、ダウン症候群は21番染色体が1本多いことが原因であると報告しました。ダウン症候群の出生頻度は700~1000人に1人で、母親の年齢に比例して発生率が上昇すると報告されています。

ダウン症候群は染色体型により3種類に分類できます。
(カッコ内は発生頻度を示します。)

■21トリソミー(95%)
ヒトの正常な細胞は、22対(44本)の常染色体と1対(2本)の性染色体で構成されています。そのうち、21番目の常染色体が3本になっている状態を21トリソミーといいます。ダウン症候群の中では一番頻度の多い型。

■転座型(4%)
過剰な21番目の染色体が移動し、ほかの染色体(主に21番と15番)に融合した型。

■モザイク型(1%)
正常な細胞と転座型、あるいは21トリソミーが混合している状態をモザイク型といいます。染色体変異細胞の発生する時期により、体細胞における割合が異なります。正常細胞の割合が多い場合は、ダウン症候群特有の症状が少なくなります。

ダウン症候群の全身的特徴

ダウン症候群の全身的な特徴に、低身長、肥満傾向、短い手足や筋緊張の低下などがあります。また、短頭、両眼開離、眼瞼裂斜上(細く吊り上がった目)など、顔貌も特徴的です。

知的障害をはじめとした合併症も特徴的です。知的障害の他に、心内膜床欠損症、心室中隔欠損症などの先天性心疾患(生まれながらにしてもつ心臓病)や、消化管奇形、近視や遠視などの眼の異常、滲出性中耳炎や難聴などの耳の異常、甲状腺機能異常や急性白血病などを合併することがあります。

他にも環軸椎(首を支える骨)の形成不全があることがあり、さらに、筋緊張の低下が相まって、首を脱臼しやすいことがあります。そのため、でんぐり返しやプールからの飛び込みなど首に負担のかかる運動は避ける必要があります。

また、成人になると「言葉を発しない」、「寝たきりになる」、「コミュニケーションが取れない」などの症状が突発的に出現することがあり、これを急激退行といいます。

ダウン症候群の口腔内の特徴

ダウン症候群は口腔内にも特徴があります。

■先天性(せんてんせい)欠如(けつじょ)歯(し)
生まれながらにして、部分的に歯がない状態を先天性欠如歯といいます。ダウン症候群の20~50%に認められます。

■歯の形の異常
ダウン症候群の歯は、短根歯(根が短い歯)や矮小歯(形の小さな歯)、乳歯(子供の歯)では癒合歯(隣の歯とくっついた状態)などがあります。

■歯の萌出(ほうしゅつ)遅延(ちえん)
ダウン症候群は、歯の萌出遅延(歯が生えるのが通常よりも遅いこと)があります。そのため、歯の生える順序や時期が不規則になることがあります。

■その他の特徴
上顎の成長が乏しい、隙間の空いた歯並び(空隙歯列)や歯列不正(叢生)などがあります。舌には、巨大舌や溝状舌、舌突出が認められることがあります。他にも、筋緊張による開口や口唇の乾燥が認められます。
虫歯に対するリスクは一般的ですが、口呼吸があり口が乾燥しているダウン症候群の方は、唾液による自浄作用(口の中を洗い流す作用)が働かず、虫歯になりやすくなります。
歯周病は、幼少期から歯周病菌の定着が起きてしまい、ダウン症候群の特徴でもある叢生や短根歯などが相まって、急激に歯周病が進んでしまい、早期に歯の喪失が起きてしまうことがあります。

歯磨きの重要性

食物残渣(食べ物のカス)と細菌感染によってできたプラーク(歯垢)が歯の表面や口の中にあると虫歯や歯周病の原因になります。それだけでなく、誤嚥性肺炎などの全身疾患につながることもあります。

先天性心疾患を合併する場合は、虫歯や歯周病は感染性心内膜炎のリスクになります。感染性心内膜炎は、心臓の内側を覆っている組織(心内膜)に生じる感染症で、重篤な心臓病です。

ダウン症候群の方では、歯周病菌の早期定着や先天性心疾患を合併することがあるため、感染予防や歯周病予防のためにも、幼少期から歯磨き習慣を身につける必要があります。

ダウン症候群の方は、歯周病菌が2歳程度から定着するといわれています。そのため、普段の歯磨きに慣れさせるだけでなく、きちんとプラークを落とし、自宅での歯磨き以外にも歯科医院等で専門的な口腔ケアが必要です。

口腔内の特徴に合わせた歯磨き方法

1. 自分自身で歯磨きをしているがしっかり磨けていない場合
磨いているようで、実はきちんと磨けていないことがあります。このような場合の多くは、歯ブラシを変更することで、歯ブラシをしっかり歯面に当てることができ、汚れを落とすことができるかもしれません。
お勧めする歯ブラシは、毛束が多く持ち手が太いLIONの「システマゲンキ®」です。

写真の通り毛束が大きいので、歯ブラシをしっかり歯面に当てることができます。また、毛先も細いので、歯と歯茎の間に入って汚れをかき出します。しっかり歯ブラシを横に動かして、歯と歯茎の間に歯ブラシの毛が当たるように磨きましょう!

2. 歯並びが悪い場合
ダウン症候群では上顎の劣成長による歯並び不全が起こることがあります。このような歯並びの場合、横磨きをしてしまうと毛先が当たらない歯が出てきてしまう可能性があります。歯並びが悪い部分は図のように歯ブラシを縦にして磨き、しっかり歯の側面にブラシを当てて磨くようにしましょう!

※花王ホームページより

歯ブラシ以外にも「タフトブラシ」を歯並びが悪い部分に使うのも効果的です。

3. 歯が無くなってしまい入れ歯を使っている場合
ダウン症候群では歯周病による歯の喪失が多く、奥に歯が一本だけ、とか、前歯に歯が一本だけという状態になることがあります。このように孤立してしまっている歯を、孤立歯といいます。

入れ歯を使用している場合、この孤立歯は、この歯だけで入れ歯を支えなければなりません。そのため、その歯にかかる負担も大きく、汚れもたまりやすいです。

このような歯は、図のように歯の全周を磨く必要があります。

まとめ

ダウン症候群は、幼少期から歯周病菌に対する感染リスクが高いです。また、上顎の劣成長や歯列不正があるため、汚れが停滞しやすい状態になっています。そのため、幼少期からの歯磨き習慣や、仕上げ磨きはとても重要です。

歯ブラシで縦磨きや、タフトブラシを使用すると上手に歯磨きができます。また、孤立歯は歯の全周を磨くようにしましょう。

今回紹介した内容は、あくまでも代表例です。歯の形や状態は様々で、一人ひとり異なります。その人に合った口腔ケアについては、最寄りの歯医医院へ相談しましょう。

[参考文献]
1. 小笠原 正,緒方克也,野本たかと,弘中祥司,福田 理,森崎市治郎 他:スペシャルニーズデンティストリー障害者歯科,医歯薬出版株式会社,東京,第二版,2017,170-171,289.
2. 公益社団法人東京都歯科医師会:スペシャルニーズデンティストリーハンドブック,障害者歯科医療ハンドブック-改訂版,一世印刷株式会社,東京,第一版,2015,25-29.
3. 花王オーラルケア情報歯の健康は基本のき

[筆者]
歯科衛生士|横山滉介
神奈川歯科大学附属病院障害者歯科全身管理高齢者歯科
・日本歯科麻酔学会 認定歯科衛生士
・日本障害者歯科学会
・日本有病者歯科医療学会

※当記事に関するご質問等は「障害者歯科ネットのお問い合わせページ」よりお問い合わせください。

ABOUT ME
歯科衛生士|横山滉介
普段はダウン症候群の他にも自閉症スペクトラム症、脳性麻痺、認知症や全身疾患のある高齢者の口腔清掃指導やメンテナンスを行っています。お口の清掃方法や歯ブラシの選択などお困りの際はご相談を受付けております。