障害者歯科を知る

障害者福祉施設における口腔ケアの実践

私は障害者福祉施設に看護師として勤務しています。この記事では当施設(重度心身障害者の障害者福祉施設)での口腔ケアについてご紹介したいと思います。

口腔ケアとは、単に口腔内の清潔を保つだけではなく、飲食に必要な嚥下機能(飲み込む力)を保つために、刺激を与え、唾液の分泌を促すなどの目的があります。また、介助者が口腔ケアを行うことで、虫歯や歯ぐきの腫れなど、利用者の口腔内の状況を把握することができます。

目次

障害者福祉当施設における口腔ケア上の主な課題

私が勤務する施設は、身体的・知的障害を持った利用者の方が大半を占めており、嚥下機能の低下により胃瘻(いろう)を造設している方もいます。当施設での口腔ケア上の主な課題には次の3種類があります。

  1. 開口障害がある(口が開けられない)
  2. 口腔ケアを嫌がり、口を開けたままの状態が保てない
  3. 感覚過敏によって口腔内を触られることを嫌がる

当施設利用者(重度心身障害者)に向けた対応

①開口障害がある(口が開けられない)

重度心身障害者の中には、障害のため口を十分に開けられない方がいます。そのような開口障害の方には、口角開口器やバイドブロックなどの開口補助具を利用します。無理やり口を開けることはせず、開けられるところまでの大きさを保持するためにバイトブロックを用います。バイトブロックが入らないくらいの開口障害の方には、口角開口器を使って十分に視野を確保して、毎食後の口腔ケアをします。

こちらの写真は、当施設で使用しているバイドブロックと口角開口器になります。

写真左側の「ゆびガード」は、プラスチックでできているバイドブロックに近いもので、指にはめて使用します。これであれば、もし誤って利用者が介助者の指を噛んでしまっても、プラスチックでガードしてくれるため、文字通りの「ゆびガード」となります。

写真右側のものは口角開口器です。口角に引っ掛けて使用します。どちらかというと、口を開けるというよりは、口角を引き、頬側の歯や歯ぐきをブラッシングする目的で利用します。

※サイズがいくつかあり、利用者の口の大きさや開口可能な範囲も考慮しながらサイズを選択します。

②口腔ケアを嫌がり、口を開けたままの状態が保てない

口腔ケアに協力が得られず、口を開けたままの状態が保てない方に口腔ケアをする場合、手や指を噛まれる危険があります。そのような場合にも、口角開口器やバイドブロックなどの開口補助具を利用します。毎食後の口腔ケアがしやすくなるだけでなく、介助者の身の安全を守ることができます。

③感覚過敏によって口腔内を触られることを嫌がる

感覚過敏がある方は、スムーズに口腔ケアを受け入れてくれません。施設での歯科検診も受け入れることができず、口腔内の状態を把握することができません。そのため、虫歯や歯周病が進行し、時には歯を抜かなくてはならないこともあります。

当施設では、歯ブラシの毛の硬さに留意したり、場合によっては歯ブラシの毛を短くして頬に柄の部分があたらないようにしたりと、支援員や看護師が話し合いながら、利用者の個々に応じた口腔ケアができるよう、日々試行錯誤しています。

口角開口器・バイトブロック使用時のポイント

開口補助具(口角開口器やバイトブロック)は、多くの場合、口腔内を傷付けないような素材(シリコンなど)でできています。しかし、強く噛みしめると破損する可能性があり、介助者の手や利用者の口腔内を傷付けてしまう恐れがあります。口角開口器を使用するときは、口を開けることだけに必死になって、引っ張りすぎて口角を傷付けたりしないように注意が必要です。

開口器を使っているからといって利用者がスムーズに口を開けてくれるとも限りません。そのような場合は、利用者の気持ちの切り替えがうまくできた時を見計らって口腔ケアを行ったり、ジェスチャーや絵カード、端的なフレーズ(「歯を磨きます」など)を使い、利用者に口腔ケアを理解してもらったりします。時には、介助者と利用者の「あうんの呼吸」も必要だったりします。

口腔ケア中も誤嚥を起こさないように十分注意

口腔ケアでは、唾液や口腔ケアによって出た汚れを吸い込んでしまい、誤嚥を起こしてしまう可能性があります。そのため、口腔ケアには注意を要します。当施設では、唾液や汚れなどは「歯みがきシート」やティッシュなどでこまめに拭いながら、なるべく汚れや唾液が奥の方に行ってしまわないように注意しています。

筋力が弱い方は、首が後屈(頭が後ろに行ってしまう)しがちで、誤嚥のリスクが高くなります。そのため、誤嚥を防ぐためには姿勢も大切です。頭が後屈してしまう利用者に対しては、頭を支え、なるべく頭が後ろに反ってしまわないようにしながら口腔ケアを行います。

嚥下機能が低下しているにもかかわらず、唾液の分泌量が多く、常に誤嚥のリスクを抱える利用者もいます。そのような場合には、口腔ケア時だけでなく、こまめに吸引器で唾液や痰を吸引することが必要です。

最寄り歯科医の年1-2回訪問で早期異常発見

口腔ケアの介助の他に、当施設では年に1-2回の歯科健診を施設内で行います。歯科健診は施設の最寄りの歯科医に訪問してもらい、診察してもらいます。このような試みで、少しでも早く口腔内の異常を見つけられるように努めています。

かかりつけの歯科医がいない方の場合、この施設内での歯科検診で虫歯が見つかることもあり、それをきっかけに定期的に歯科医の診察を受けるようになった、という方もいます。

しかしながら、虫歯などの異常が見つかっても、通常の歯科医院での治療が困難な利用者もいます。最寄りの歯医者さんで、と気軽に受診や治療ができないことも現状です。

このような場合には、大きな病院や、専門の歯科医院で治療してもらいます。時には全身麻酔下で治療を行うこともあります。開口障害や感覚過敏を持つ利用者にとって、歯科治療はとても大変なものです。

まとめ|障害特性に応じた口腔ケアのために

障害の程度や、介助に対する協力度に応じて、口腔ケアの介助の方法は様々です。個別性に配慮した関わりが大切です。必要に応じて、適切に開口補助具を利用することで、安全に口腔ケアを実施できます。

しかし、どれだけ口腔ケアを頑張っても、残念ながら虫歯や歯周病になってしまい、歯を失ってしまう方もいます。そうならないために、歯科検診を行い、少しでも早く口腔内疾患を発見できるように努めています。

そして、毎日おいしく食事をして、笑顔でいられるよう、特性に応じた口腔ケアを目指していきたいです。

※当記事に関するご質問等は「障害者歯科ネットのお問い合わせページ」よりお問い合わせください。

ABOUT ME
看護師|ふゆみん
千葉県内の障害者福祉施設に勤務する看護師6年目。老人ホームや地域包括支援センター、病院での勤務を経て現在に至る。最近は、社会福祉士を目指して勉強中。