私は東京都の歯科医院に勤める歯科衛生士です。
歯科衛生士として働く中でいつも意識していることがあります。それは、「この患者さんはいま何を一番に必要としているのか?」、そして、私たちは患者さんに対して「何を提供できるか?」ということです。
障害児の方々はコミュニケーションがスムーズに取れなかったり、物事の理解がゆっくりだったり、自分で体をうまく動かすことができず、介助者が必要なことがあったりします。
そんな障害児の方々にもできる限りの歯科医療を提供したいと私は思っています。この記事では、発達障害(自閉症スペクトラム障害など)の障害児と接する中で私が実践していることをご紹介いたします。
発達障害の可能性を持つ子どもに対する関わり方
同じ年齢であっても子どもの精神的・身体的状態は異なります。そして、低年齢であればあるほど発達障害の有無は、専門医であっても判断できないことがあります。そのため、診察や治療の方法は一様ではありません。
私たちは来院した保護者や患児と話しながら、以下の2点を確認するようにしています。
まず、患児がこちらの問いかけに対して、どのように反応するかを確認します。目を合わせたり、指をさした方向を見たりするかという単純なことではありますが、年齢相応の反応ができるかどうかを確認します。
次に、他の病院での様子や、他人との関わりはどうか、他者とのコミュニケーションは取れるかという点を保護者に確認します。慣れないところへ行くと異常に落ち着きがなくなったり、泣きっぱなしだったりすることはないか、などです。
以上の2点いずれとも該当する場合、発達障害の可能性を念頭に置きます。
そのような場合、いきなり器具を用いた診察や治療を行うことはせず、患児に対する刺激を段階的に上げていき、診察や治療に対するトレーニングを行います。このような方法を「系統的脱感作」といいます。認知度の程度にもよりますが、発達障害がある場合、もしくはその可能性が考えられる場合、系統的脱感作を行い、少しずつ診察や治療を進めていきます。
まずは、診療用チェアーにひとりで横になることができるようにするところから始めます。次に、使い慣れた自分の歯ブラシでの歯みがき、バキューム(口の中の水を吸う器具)の使用やポリッシング(専門的な器械を使って歯を磨く行為)などといったように、段階的に刺激の強度を上げていきます。そうすることで、治療を受け入れることができるようになる方はたくさんいます。
また、治療の様子を保護者やスタッフが写真に撮って、自宅で繰り返し患児に見せることで、歯科医院に対する抵抗感が薄れていき、協力的になってくれることが多くあります。
もちろんトレーニングを重ねても通常の歯科診療が困難な患児もいます。そのような方の場合や、緊急性の高い治療が必要な場合は、保護者の同意のもと「レストレーナー」というネットに包んで治療をすることもあります。
歯科衛生士としての診察/治療における接し方
診察や治療を進めていく上で、Tell Show Do法(TSD法)という技法を用います。
これから行うことを伝えて(Tell)、実際に使う器具を見せ(Show)、説明したことを行う(Do)といった方法です。
小児や障害児に対する接し方の基本となる方法で、これを行いながらトレーニングや治療を進めます。
患児の治療に対する恐怖心を取り除いたり、過剰反応を減らしたりするためにとても効果的です。
恐怖心の強い子どもには絵カード利用による支援
これから行う診察や治療に対して恐怖心の強い患児に対しては、診療の手順を表した絵カードを用いて、視覚的な支援をしながら診察や治療を進めることがあります。
自閉症スペクトラム障害(ASD)の方は、音声や言語といった情報を取り込むことが苦手です。そして、言葉に添えられた表情やニュアンスの読み取り、言葉の意味や感情を理解することも苦手です。
一方で、ASDの方は視覚的な情報を理解することが得意な場合が多くあります。
そのため、これから行う治療内容を示した絵カードを用いて視覚的な情報を提供することで、理解を援助することができます。
ASDは知的障害の有無を問いません。幼少期に発見されることも多くありますが、知的障害を伴わない場合は、成人するまで発見されないことも多くあります。絵カードを用いた視覚支援は、小児・成人を問わず有用な支援方法です。
それぞれにベストな歯科医療を考え続ける
一般的にコミュニケーションをとることができる年齢にもなれば、予防や治療に対する協力を得ることを望めますが、そうでない子どももいます。
家庭環境や生活環境、障害児の性格なども影響しますが、発達障害による場合もあります。
忍耐強くトレーニングすることで少しずつ治療に対する成長が期待できても、多発したむし歯や深いむし歯がある場合、早急に治療しなければならないこともあります。
また、年齢が進んで体が大きくなり、数人のスタッフでも体動を抑制できなくなることもあります。
そのような場合、当院での治療が困難なことを保護者や支援者にきちんと伝えて、2次医療機関(地域保健センター)や3次医療機関(大学病院など)で受診してもらいます。患児の身体的・精神的負担を考慮して、全身麻酔下での歯科治療を行います。全身麻酔下での治療の方が安全に、かつ少ない回数で治療ができることがあります。
歯科医療従事者として、障害児にとってのベストは何なのかを、ご家族や支援者と共に考えることは、とても大切なことだと思っています。
まとめ
私が歯科衛生士として様々な子どもたちと接する中で一番感じることは「どの子も頑張って生きている」ということです。嫌だと言って泣き叫ぶのも、暴れて逃げ出そうとするのも、自分を必死に守っているからなのです。
子どもの精神的・身体的な成長の仕方は、一人ひとり違います。今日できても次の来院時に同じようにできるとも限りませんし、逆にずっと泣いてばかりだった子どもが、ふとしたことをきっかけに最後まで泣かずに治療できたりします。
子どもの可能性は無限大です。目に見える成長はゆっくりでも、確実に少しずつ成長しています。大人が期待する速度とは異なることもありますが、温かく見守ることで成長するのです。
患者さんにとって必要な歯科医療は何か、そして私たちは何をどのように提供したらよいのか、明日もまた考えながら歯科衛生士として働いていきたいと思います。
※当記事に関するご質問等は「障害者歯科ネットのお問い合わせページ」よりお問い合わせください。