私の息子には知的障害と自閉症があります。東京都愛の手帳3度です。現在31歳となる我が子。いま歯とお口の健康について振り返ってみると、彼が3歳だったころの「夜の歯磨き」を思い出します。
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自閉症の息子|3歳だったころの夜の歯磨き
息子が寝静まると、私は歯ブラシを持ってそっと息子の口を開けました。ゆっくりと前歯を磨き、注意しながらもう少し口を開けて奥の方まで磨きました。幸い、息子は起きることなくそのまま寝入っています。
夜の歯磨きはどのように始まったのでしょうか。もともと息子は、夜いつも妻のひざに頭を預けて歯を磨いてもらっていました。ところがあるとき、集団検診で歯医者さんに乱暴な扱いを受けて、それ以来、歯磨きをとても嫌がりだしたのです。
このまま歯磨きを嫌がり、虫歯になったりしたら大変辛い思いをすることになります。そこで、息子が寝静まってから、私が息子の口をそっと開けて磨けるところだけでも磨くことにしました。それがひと月、ふた月と続きました。
子ども心を動かした「おかあさんといっしょ」
ある日のことです。息子がNHKの「おかあさんといっしょ」を見ていると、子どもがお母さんに歯を磨いてもらっているシーンがありました。息子は一心に見入っていたそうです。
それから妻に歯磨きを求めるようになり、歯磨きをしてもらうのが大好きになりました。やがて、自分で歯ブラシを持ってしっかりと磨くようになったのです。
いま息子は31歳。学校で勧められた歯医者さんへ、今でも半年に一度は定期的に通っています。障害者に理解のある先生で、同じ学校のお友達もたくさん通っているそうです。
歯磨きの仕方の指導を受け、歯石を取ってもらい、注意が書かれたレポートをいただきます。口を大きく開けて歯を見せた写真を撮ってもらって、それが医院に飾られます。そして、虫歯を一本も作ることなく現在に至っています。
私が中学生だったときの障害者クラスの想い出
この話を書きながら、私の中学校時代のことを思い出しました。その学校には当時、障害を持つ生徒向けのクラスがありました。
今でいう、特別支援学級でしょうか。様々な障害を持つ子どもたちを集めたクラスです。担任はテニスの大好きな女の先生でした。私も一時期テニスを教えていただいたことがありました。
しかし、悪童どもの中にはそのクラスの障害を持つ子どもたちをからかったり、見下したりする者もいました。見るに見かねて、朝礼でその先生が全校生徒に厳しく注意することもありました。
特別支援学級の生徒たちと開催した昼食会の記憶
私たちのクラスの有志が、クラス会で「特別支援学級の生徒と一緒にお昼ご飯を食べる会を開かないか?」と提案したことがあります。全員が賛成して昼食会が開催されました。
特別支援学級のお母さんたちが心づくしのごちそうを用意してくださり、私たちは楽しいひとときを過ごしたのです。ただ、その後のアンケートにこんな記述がありました。
「歯が汚れている人がいて、少し気になったけど、我慢しました。」
障害を持つお子さんの中には、歯磨きがままならず口腔ケアの不十分なまま、歯を汚してしまっている人を見かけます。私が息子の歯磨きにこだわったのは、おそらく、そのときの記憶を思い出したからだろうと思います。
障害を持つお子さんの口腔ケアの大切さ
歯は本当に大切です。歯磨きをしっかりしないと虫歯や歯周病になり、虫歯や歯周病が進行すると歯を抜かざるを得なくなります。歯がなくなると、上手く食べることができなくなり、健康を損ないかねません。
どんな人でも、歯が清潔でなければ魅力が減少してしまいます。逆に言えば、歯を丁寧に磨き、口腔ケアに注意する人は、それだけで周囲から好ましく感じられることでしょう。
一家そろって楽しく歯磨きをする。できる限り定期的に歯医者さんに診ていただく。そして虫歯ができたら速やかに治療する。
私のように、もしもお子さんが障害を持っていらっしゃるならば、歯を大切にすることをしっかり教えてあげてください。長い人生を明るく生きるための第一歩になるはずです。
~お口の健康は全身の健康~
近年、むし歯・歯周病などの歯科疾患が身体に与える影響や、逆に全身状態の変化や症状がお口の中に及ぼす影響について議論されています。
特に歯周病は、心臓・循環器疾患や糖尿病といった他の生活習慣病に深く関わっていることが明らかになってきました。むし歯・歯周病の早期治療や予防は全身の健康につながります。
むし歯・歯周病の原因は細菌です。歯垢(プラーク)の中に含まれる原因菌が、食べ物や飲み物に含まれる糖質をエサ(代謝)にして酸をつくり、これが歯のエナメル質を溶かしてむし歯になります。歯周病も同じです。
プラーク中の原因菌が、歯ぐきやその他の歯を支えている組織に炎症を生じさせます。つまり、プラークを取り除くことがむし歯・歯周病の治療の基本であり、予防法の最善策と言えます。でも、なかなかそれが上手くいかないんですよね。
自閉症スペクトラム(ASD)の方は、自分にとってのストレスや理解できない情報を受け入れることが苦手です。場合よっては、乱暴に行った歯科治療がきっかけでパニックが生じ、自傷行為につながってしまう可能性もあります。
また、言葉だけの(耳から入る)情報を受け入れることも苦手です。逆に、視覚からの情報を上手く利用してあげると、理解してもらえることがあります。
これから何をするのか、を上手に伝える工夫が大切です。
コラムの中に「NHKの『おかあさんといっしょ』を見ていたら、歯みがきをさせてくれた」とありました。視覚的に伝えたいことをサポートしてあげる、かつお母さんと楽しんでる姿がそこにある、なんていい方法なんだ!と思いました。
試しに「おかあさんといっしょ はみがきじょうずかな」とインターネットで検索したら、たくさんの動画がヒットしました。なかなか磨かせてくれなくて、お家での口腔ケアに困っている方は、ぜひ一度試してみてはどうでしょうか?
[監修歯科医師:黒田 英孝]