歯科コラム・体験談

障害者介護の現場から見えてくる「障害者と歯の健康」

現在、私は障害者施設で介護の仕事に携わっています。また、私には重度の難治性てんかんを持つ兄がいます。今回は、そんな私が感じる障害者と歯の健康についてお話しさせていただきたいと思います。

重度の難治性てんかんを持つ兄は、現在実家のある県の障害者入所施設で生活をしています。兄は生まれつき脳に障害があり、知的障害と難治性てんかんを合併していました。加えて、兄は中学の頃から半身不随となっています。

兄だけでなく、アルツハイマー型認知症の母、C型肝炎で闘病中の父、気がつけば、いつも身近に障害者がいる、そんな人生を送ってきました。

そして今、不思議なご縁から障害者の介護に携わるようになりました。短期入所施設で、夜間に障害者のみなさんに対して介護・介助をしています。施設で仕事をしていく上で、『歯の健康』は当然大きなテーマとなります。

障害者施設利用者の多くは歯が悪い

戦後をたくましく生きてきた両親の世代には歯の健康という意識は欠けていたようです。生きるために働く、まずはそれが先決で、子どもの虫歯は当たり前くらいの感覚があったのかもしれません。『虫歯は病気ではない』と。

兄の幼少時は、今のような開かれた障害者施設はなく、当時の施設はお世辞にもきれいとは言えない環境でした。長く生きることは出来ないと医師からの宣告もあって、両親は兄を自宅で介護することに決めました。

しかし、母の介護で経験したのと同じように、ここでも身内間の甘えから、好きなことだけをさせて好きなものを食べさせる。そんな時間が長く続いてしまったのです。もちろん、歯磨きなどしませんでした。

私の働く施設では、高齢になりかかっている利用者の中には同じような方を見かけることが多く、ご家族がずいぶん苦労されていることだろうと思います。

難治性てんかん/知的障害を持つ兄の歯磨き

医療者ではない福祉の私たちに出来るのはもちろん治療ではなく、虫歯の予防と、今以上に悪くならないようにするといった現状維持しかありません。

歯の大切さ、歯が健康の入り口であることを利用者にもご家族にも啓蒙することが、私たちの出来ることなのだと思います。

歯磨きを拒む兄に歯を磨かせることは、家庭内では至難の技でした。兄はよく私とケンカしながら歯磨きをしました。兄の歯が蝕まれていくのが、子ども心にも嫌でした。

そして兄は入所施設に入りました。そこでは「甘え」は通じません。生まれて初めての他人との団体生活で、さすがの兄も毎食後の歯磨きは習慣化しつつあり、施設による歯科への通院も始まっています。

施設と口臭、少しでも清潔な口腔健康のために

私のいる施設では、兄よりも重度の障害を持つ方が何人かいらっしゃいます。

すみずみまでブラッシングできなくとも食後に口内に水を流し入れ、たとえそれを飲み込んでしまったとしても、清潔を保つことにつながることは今の施設の先輩から教えてもらいました。

私には口に入れた水を吐き出せないということが、初めは驚きでした。しかし、それがその方の個性です。うまく受け入れなければなりません。歯磨き粉無しのブラッシングのお手伝いをして、あとは水で飲み込んでもらっています。

障害者の施設、特に昔のそれには施設臭というものがありました。その原因は排泄物の残臭と、歯周病からくる『口臭』です。

なぜ『歯の健康』は後回しになるのか

私の施設は自治体で一番大きな歴史もある法人によって運営されています。しかし、介護技術・対処方法の多くはマニュアル化されておらず、利用者に対する細かい対応は、個人のスキルとして評価される風潮があります。

人間が人間に対して行う介護は決してシステマチックに行われることではないと思います。そしてこの技術はタイプの違う障害者の方たちと実際に向き合った人間でなければわからない部分があることも理解できます。

それを残そうと考える人間、残す事のできる人間がいなかったという理由もわからないではありません。できない理由は簡単な話です。現場は大変だからです。介護の基本である『食事』、『睡眠』、『排泄』この大きな柱だけで24時間365日を追われてしまうのです。

これらと同じくらい大切なテーマであるはずの『歯の健康』は後回しにされてしまいます。利用者の方たちの生活の質が上がることを、当たり前のことが当たり前に出来るようになることを願ってやみません。

※著者の関連記事はこちら。
「両親の介護で悩みがちな歯磨きはどうすれば上手くできるのか」

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ライターネーム「H・M」
ライターネーム「H・M」
障害者施設で働くアラカン。趣味は読書、合気道の指導もしています。