発達障害の自閉症スペクトラム(ASD)の当事者であれば「どうすれば落ち着いて歯科診療を受診できるのか」ご家族の方であれば「歯医者の何が怖いのか分からないため、どうやってサポートすればよいのか」
自閉症スペクトラムを持つ方々の中には歯科受診に関して、このような悩みや苦手意識を抱えていらっしゃる人も多いのではないでしょうか。実際にASD当事者である私も歯医者での待ち時間や受診中はとても苦痛でした。
その理由として、主に「先の見えない不安感」と「感覚過敏」によるものがあります。それぞれについて以下のようなことをお伝えしたいと思います。
- 歯医者を苦手と感じる理由
- 歯医者さんにしてほしい配慮
- 歯科治療を受けるための自分なりの工夫
これまでの試行錯誤の結果、今では私も落ち着いて歯科診療を受けることができるようになりました。障害当事者側から出来る対策も紹介していますのでご一読いただけたら嬉しいです。
目次
なぜ発達障害[ASD]だと歯医者を苦手としやすいのか
まずは「先の見えない不安感」からお話ししていきます。
私が歯医者で戸惑ってしまうことのひとつに「口腔内の状態がわるいと検診後にそのまま治療が始まってしまう」というものがあります。
診察室に案内された後、担当医の方がきて口腔内のチェックが始まり、問題があるとそのまま治療という流れが多かったのですが、「いつまでこの状態が続くのか、あと何分で治療は終わるのか」「今はいったい何をされているのか」ということが全く分からない状態なのがとてもつらかったです。
先の見えない不安感を和らげるために教えてもらう方法
私は予定が見えないと不安で仕方なく、歯科の検診や治療のたびに、先生に向かって大号泣で「次は何するの~!?」と聞き続けていました。
その結果、治療前に「手順をポスターのようなイラストの多い紙で」「どこの歯を触るかを歯の模型で」教えていただけるようになりました。
また検診中や治療中にも、どの行程まで進んだのか、あと何秒で終わるのかを逐一教えてくれたことから「あと何個で終わる…』「あと何秒で終わる…』と落ち着くことができました。
歯科検診の日と歯科治療の日を別にしてもらう方法
多くの場合、検診の日に「これとこれを今日やるよー!」といきなり言われると思いますが、その場で予定が変わったり、いつまでかかるか分からなかったりすることが、私は不安で仕方ありませんでした。
そこで最近では、検診の日は検診対応のみにしてもらい、治療対応には後日再度予約していくようにしてもらっています。
私は「すぐ終わるから~」と言われても、突然決まったことにすぐ順応するのは難しく、この後に何が始まるかをきちんと理解できていない状態が怖いため、基本的に「心の準備が出来てないのでまた別の日にお願いします」と言って、その日の治療を断わらせていただいています。
また、予約の際に、次の診察・治療がどのような工程になるかも教えてもらっているので、その日に何をするのかが明確であり、安心して後日の治療に行くことができています。
予約時に歯科治療の流れと時間を聞いておく方法
その他、患者側から出来る対策を考えてみましたのでご紹介したいと思います。検診や治療の流れは患者側のみで判断するのが難しいので、基本的には歯科医師や歯科衛生士に聞くことが一番だと思っています。
私の場合、私自身の障害について歯科医院側に簡単に話してあるため、
- 治療の流れ
- 各工程にかかるおおよその時間
を予約時に必ず簡単に確認させてもらっています。
また、当事者の方がお子さんなどの場合、保護者の方が病院側から説明を受けた後、
おうちの落ち着いた空間で、イラストや絵カードを使いながら解説をしてあげると、
分かりやすいのではないかなと思います。
その際も、時間などはなるべく具体的な数字などを用いて説明してあげたほうが、分かりやすく、安心できる方が多いと思います。
どうしても患者側だけでは具体的な流れや時間については分からないものですので、かかりつけの歯科医院で担当歯科医師の方に「検診や治療の流れ」をまず確認してみるのはいかがでしょうか。
自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder/ASD)は広汎性発達障害全般を指します。
ASDの中には知的障害を伴わない方がいて、そのような方をアスペルガー障害や高機能自閉症という呼び方をします。言語の発達や理解力には何ら問題はなく、社会性の発達や会話によるコミュニケーションが難しい方々が該当します。適切な支援と理解によって、一般的な社会生活が可能な方が多くいます。
ASDの特徴として、言葉などの聴覚情報による理解やコミュニケーションよりも、視覚情報が優位であることが知られています。そのため、絵カードや写真カードによる視覚支援が有効とされています。絵カードや写真カードを使い、ASDの方を取り巻く環境や情報を整理し(構造化)、生活や治療のスケジュールを視覚的に提示して見通しを立てることで、意味を理解することをサポートし、安心させることができます。
日常生活に用いるこのような視覚支援ツールは、インターネットサイト等で無料で得ることもできます。治療手順の説明や歯みがきの方法などに、このような視覚支援ツールを導入している歯科医院も多くあります。予約の際に、事前に歯科医院に確認するのも1つですね。
[監修歯科医師:黒田 英孝]
発達障害[ASD]の感覚過敏によって歯医者が苦手に
ここまでの「先の見えない不安感」に続き、次はもうひとつの「感覚過敏」についてお話しさせていただきたいと思います。私は感覚過敏(視覚過敏や聴覚過敏)があるので「待合室内で聞こえる様々な音」「検診中や治療中の口腔内で鳴る音」「照明や壁、金属器具の反射などがまぶしすぎる光」など、診療室内で苦痛を感じる要因がたくさんありました。
待合室がざわざわしていてつらい【聴覚過敏】
自分の順番が来るまでの間、ざわざわしている待合室内で待機しているのが苦痛でした。私のかかりつけは小さな歯科医院だったため、待合室内の会話、治療の音、駐車場や道路から聞こえる音などが絶えず聞こえていて、長い時間じっと待合室にいることができませんでした。
音がなり続けるのが気持ちわるい【聴覚過敏】
普段聞かないような音がずっと口の中でなり続けていることが、とても不快でした。先生も声をかけながら診察してくれるのですが、治療の音でかき消され、先生が何を言っているのかも分からないといった悪循環でした。
いろいろまぶしすぎて目の奥が痛い【視覚過敏】
診察中、歯科医院では上を向くことが多いと思います。視覚過敏がある私にとっては地獄の時間でした。蛍光灯の光がとてもまぶしく、目の奥が痛くて仕方なかったからです。また、蛍光灯のほかにも、白い壁や診察・治療に使う金属器具の反射した光などもまぶしく、つらい思いをしました。
歯医者さんに配慮してもらえて助かったこと
歯科医師の先生が「音の続く時間をカウントダウンしてくれた」ことや「サングラスを貸してくれた」ことがあり、感覚過敏である私にとって、とても助かることでした。
【助けられたこと1】カウントダウンしてくれた
器具のカチャカチャした音や機械の音がつらく、暴れたりしていましたが、いつからか『あと10秒我慢してね~10・9・8…』と器具を使うたびに大きな声で、カウントダウンをしてくれるようになりました。おかげでどれだけ待てばいいのか分かり、我慢することができました。これは、配慮というより歯科治療に携わる方の子どもに対するテクニックなのかもしれません。ですが、麻酔の注射などの痛い時以外にも、毎回カウントダウンをしてくれて本当に助かりました。
【助けられたこと2】サングラスを貸してくれた
まぶしすぎてずっと上を向くことを拒否していたら、先生が自前のサングラスを貸してくれました。サングラスをかけたことで、照明の方向を見ていても楽になり、落ち着いて診察や治療を受けることができました。
感覚過敏に対して自分自身でやっていた工夫
感覚過敏に対して「1番早い時間で予約して、待合室にいる時間を極力減らす」「待合室にいる間は他の刺激を極力避ける」「カラーレンズを使用して照明などのまぶしさを少し解消する」などの工夫をしていました。
【工夫1】予約は1番早い時間に入れる
感覚過敏が原因で、私は、待合室がとにかく苦手です。いつも午後の1番早い時間に予約を入れています。1番早い時間なので待ち時間が少なくて済み、診察前に疲れることが少なくなりました。
【工夫2】待合室ではイヤホン+端っこの席
待合室内では、なるべく1番端の席に座り、イヤホンで耳を塞ぎます。なるべく周りの音をシャットアウトするようにしています。
【工夫3】カラーレンズの入った眼鏡を装着
視力が低いのでメガネは手放せなくなっているのですが、歯科受診の際には普通の眼鏡の他に、カラーレンズの度付きの眼鏡を持参するようにしています。私が愛用しているのは、灰色のレンズのもの。多少まぶしさは残りますが、全体的に暗くなるので助かっています。
【工夫4】刺激を和らげるアイテムを持っていく
「視覚過敏……カラーレンズの眼鏡、遮光眼鏡、サングラス」「聴覚過敏……イヤホン、イヤマフ、ノイズキャンセリング」というようなアイテムで、感覚過敏は少し緩和されるのではないかなと思います。診察室の中でも使いたい場合、予約や受付時に事情を話しておくとスムーズかもしれません。
【工夫5】刺激のある場所からできるだけ遠ざかる
これは実際に同じ障害を持つ妹がお願いしている対応です。待合室で待つことが難しいので、受付後は歯科医院の駐車場に停めてある車の中で待機しています。診察の順番が来たらそのまま診察室に入らせてもらうので、待合室にいる時間はほとんどありません。必ず医院に許可を得る必要はありますが、どうしても人の多いところや雑音が多いところが苦手な方は相談してみるのもアリだと思います。
歯科治療に恐怖や不安を抱えていて、歯科治療を通法では受け入れることができない方に、行動理論を応用して治療ができるようにする技法があり、行動変容法(行動療法)といいます。
『あと10秒我慢してね~10・9・8…』とカウントダウンする方法もその一つで、カウント法と呼ばれています。また、これから使う器具の説明をしながら(Tell)、実際に使っているところを見せてから(Show)、患者に対して行う(Do)、Tell Show Do法(TSD法)といった技法もあります。
障害者歯科や小児歯科を専門にしている歯科医院の多くは、これらの技法を上手に取り入れて、歯科治療を受容してもらえるようにトレーニングをしながら治療を進めていきます。
そうはいっても、「とにかく痛い」とか「今、ある程度の治療をしなくてはいけない」といった状況はどうしてもあります。そのような場合は、亜酸化窒素を用いた吸入鎮静法や、静脈内鎮静法、全身麻酔を応用し治療をすることがあります。
本編にある「刺激を和らげること」や「刺激の多い場所から離れること」も、とても有効です。具体的に何が刺激になっているか把握できている場合は、歯科医師や歯科衛生士に相談してみると良いでしょう。
[監修歯科医師:黒田 英孝]
まとめ|発達障害と歯科受診
同じ診断名でも、特性や困り感にはかなり差があるのが発達障害です。自閉症スペクトラムの歯科受診についても、必ずしも私と同じ対策ですべての方が大丈夫とは言うことはできませんが、私と似た障害特性で悩んでいる方の参考に少しでもなるようでしたら、とても嬉しく思います。最後まで読んでいただきありがとうございました。