精神科デイケアの介護職員として働く中で、これまでさまざまな精神障害を持つ人たちの「歯の悩み」を聞いてきました。特に多いのは、統合失調症の方の虫歯や歯周病の悩みです。
多くの統合失調症患者が「やる気がでない」「身だしなみを気にしなくなる」などの陰性症状に悩まされています。陰性症状が出る時期はまったく歯を磨かないケースも少なくありません。
今回は、統合失調症の方の休息期における『口腔ケア(オーラルケア)との向き合い方』についてお話をさせていただきます。
目次
統合失調症患者の多くが「ひきこもり」を経験する
統合失調症の症状は人によって経過や発現の仕方が異なります。
統合失調症は以下の4つのステージを経るとされています。
・前兆期
・急性期
・休息期
・回復期
病気の発症の前触れとなる前兆期、不安が強まり幻聴や妄想、興奮といった陽性症状が現れる急性期をすぎると、次は休息期が訪れます。
休息期は身体がだるくなる、眠気が常にある、意欲がわかない、やる気がでない、などの陰性症状が出るのが特徴です。統合失調症によるひきこもり状態の多くは、この休息期におこります。
休息期のひきこもり時に歯を磨いていた人の共通点
ひきこもりがち、もしくは完全なひきこもり状態となることも多い休息期においては、すべてのことに対して意欲が低下します。そのため、歯磨きをまったくしなくなることも珍しくありません。
しかし、デイケアで統合失調症の方から歯磨きに関するお話を聞いていると、休息期でひきこもっていた時期にも歯磨きを毎日していた方は少なからずいらっしゃいました。
そして、お話を聞くうちに、休息期に歯磨きをしていた方にはひとつの共通点があることに気づいたのです。それは、ひきこもっていた時期に歯を磨いていた方のほとんどは
自宅に「回転式」の電動歯ブラシがあった
という点でした。
電動歯ブラシ(回転式)であれば歯磨きできることも
意欲が減退する休息期において統合失調症患者の方が毎日歯を磨いている、ということはきわめて珍しい現象です。
私はこの点について「ひきこもり時に歯を磨いていた」と話す方々に「手で磨いていたの?」とさりげなく質問をしてみました。
すると、「普通の手磨きはする気が起きなかったが、もともと回転式の電動歯ブラシを使っており、回転式であれば歯ブラシを前後に動かす必要がないので楽だった。だから回転式の電動歯ブラシで歯を磨いていた。」という答えが返ってきました。
一方で、音波式や超音波式の電動歯ブラシは不人気
休息期のひきこもり時に回転式の電動歯ブラシで歯を磨いていた、と話す方は多く、逆に手磨きで毎日歯を磨いていた、という方はほとんどいませんでした。つまり、電動歯ブラシを使わない人は、歯をまったく磨かないということです。
また、音波式や超音波式、回転式以外の電動歯ブラシは使っているか、とたずねたところ、ほとんどの方が「音波式(超音波式)は振動がうるさく、頭の中に電波が入ってくるようで嫌だ」「小刻みにブーンとふるえる音波式や超音波式は使用時に幻聴が増えるので使わない」と話していました。
ご家族や施設関係者はできる範囲で最大のサポートを
「やる気がでないひきこもり時にも回転式の電動歯ブラシがあれば歯を磨く可能性が高くなる」
ひきこもりの症状が現れはじめる休息期に、患者本人に外に出ることをうながしたり、「働け」といったり、何かを強制することはかえって統合失調症の症状を悪化させることにつながります。
統合失調症患者の方は、その患者さんご本人がご自身の中で何かに気づき、自分が病気であることを気づいた時から、歯磨きなどの整容をはじめ、心身の回復がはじまるのではないかと私は感じています。
そのため、介護職員の多くは、デイケアの利用者の方に何かを強制することはまったくありません。患者のみなさんには、自発的にデイケアに来ていただき、それぞれがしたいことをして、他の患者さんとコミュニケーションをとっていただいています。
統合失調症が原因でひきこもっている時期や、コミュニケーションがとれなくなっている場合には、「歯を磨きなさい」と命令するのではなく、「あなた用です」などのメモを添えて、洗面台にさりげなく回転式の電動歯ブラシを置いておくなど、自発的な行動をサポートしてあげることが患者の歯の健康維持につながる可能性があると考えています。
まとめ
「休息期には自宅や施設に回転式の電動歯ブラシを置いておく」というのはあくまでも一つのご提案にすぎませんが、ひきこもりの症状が続いている時には、歯磨きのようなちょっとした日常の作業が生活リズムを整えてくれることがあります。
今回は、デイケア職員として気づいた点についてお話をさせていただきました。当記事の内容が統合失調症のご家族の方、また、精神医療にたずさわる方々のご参考になれば幸いです。